Ich bin steindumm

2015/04/16 東大の先生曰く

 新学期が始まり、大学には新しいニューフェースが溢れ、ゼミも講義もリセットされて、すべてがまた新たに始まった。非常勤で教えにいっている東京大学駒場キャンパスが発行している『教養学部報』はそうした時期の楽しい読み物だ。新年度最初の号なので総長や学部長の物々しい祝辞が第一面を飾っているが、もう1頁めくると楽しい企画、「教員紹介」がある。これは正確にいうと自己紹介ではなく、教員が新入生に向けたメッセージ集だ。「東大の先生」は普通はわれわれにはお目もじもかなわない「雲上人」だが、新年度が始まるこの時期だけ、地上に降りてきてくれる。それどころか意外と親しみやすく、若い学生にまめな気遣いができる彼らの素顔がそこには垣間見れる。
  「専門」のことは難しくてわからないが、「学生へのメッセージ」や「私のイチオシ」や「趣味、関心事」を見れば、「東大の先生」にはある種の共通点があるように思える。  「イチオシ」はやはり、本か映画が多い。大岡昇平『レイテ戦記』、プラトン『ゴルギアス』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、マン『ファウストゥス博士』はなるほどという選択だが、イアン・マキューアン『贖罪』、トマス・ピンチョン『重力の虹』やアラスター・グレイ『ラナーク』やホセ・マリア・アルゲダス『深い川』など知っている人はいるだろうか。井上ひさし『ムサシ』、与謝野晶子、大西巨人、内田百閒、城山三郎の名があがっているのも嬉しい。「この年で『あさきゆめみし』を読んだら面白かった」という先生もいた。
  映画は黒澤明やタルコフスキーやエイゼンシュテインのメジャーと並んで、タヴィアーニの『塀の中のジュリアス・シーザー』や『クロスロード』(青年海外協力隊創設50周年記念映画)。見たことはないが、興味を引かれる。変わったところでは、「植木等の日本一シリーズ」。高度経済成長期の夢があふれる映画だ。
  音楽はジャズが多いか。ビル・エバンズ、ピアソラ、ミシェル・ペトルチアーニや上原ひろみがあがっている。
  趣味もイチオシも圧倒的に多いのが、「散歩」。忙しい先生たちがどうやって気分転換しているかがわかる。「シネマヴェーラ渋谷」、「新宿御苑」、「オペラシティーアートギャラリー」、「代々木公園」とだいたい近場だが、「駒場キャンパス探索」「1号館時計台」(地下には地下通路がある?)というもっとオタク系の方もいるし、「知らない町に出かけてわざと迷う」という発見教授法(ホイレカというやつ)の実践者もいる。「家族ジョギング」も魅力的。演劇鑑賞と並んで、東大の先生にはわりとアウトドア系が多いことがわかる。他には、「フルート習い始めた」「ピアノを習い始めた」という先生もいて、依然衰えない向上心が見てとれる。
  最後に「学生へのメッセージ」。せっかく東大に入ったのだから、これからはせこい詰め込み勉強はやめて、自分の興味をのばしてのびのび学生生活を送ってほしいというのが、ほとんどの人に共通するメッセージだが、進級振り分けがあって、東大生になっても相変わらずはげしい競争にさらされているのも現実だ。いくつか拾ってみよう。
「起伏があり、曲折があり、途切れていたりする道では、迷うほかないこともあります」。こういうことを先生に言われるとほっとする学生も多いのでは。
「変えられないものを受け入れる平静さと、変えるべきものを変える勇気と、変えられないものと変えるべきものを識別する智慧を!」
「迷ったときは打って出る」
「我がことにおいて後悔せず」
「請われたら一差舞える人物たれ」
「徒然草一八八段」

  変わったところでは、「黒く塗れ」。最初は何のことかわからなかったが、別の先生が、「生きてるだけで黒歴史。振り返ると赤面することばかりなのは自分が成長した証拠、か?」と書いていた。なるほど、身につまされる教訓だ。過去を黒く墨塗りにすることも再出発には必要だろう。でも若者には赤面する歴史を引きずっていてほしくもある。

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